神戸駅前法律事務所

事務所のホームページは別にあります。ホームページの新調にあたり,コラム等こちらに移動しました(2021/8/9)。 yoshixbb.wixsite.com/kobeekimaelawoffice

権利濫用,公序良俗違反

IMG_9346こういうことよくあります。昨年秋頃から今年にかけて,「権利濫用」ないし「公序良俗違反」を主争点として裁判で争うことが続きました。民法1条3項は,「権利の濫用は,これを許さない」と定め,90条は,「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は,無効とする」と定めています。裁判で,こういう抽象的な条項を主争点として争うことはあまり無く,私自身30年のキャリアの中で初めてのことです。(以下実際の事案とは異なります)

一つ目は,離婚に伴う夫から妻への慰謝料として1億円以上の支払いを約束したことにつき,その後の夫の経済状況の悪化に伴い支払いが不可となったところ,妻が夫に対して残金1億円の支払い請求をすることが,夫を自己破産に追い込むことが必至であること等を理由に権利濫用(民法1条3項)を主張すると同時に,そもそも離婚に伴う「慰謝料」として1億円は法外,すなわち公序良俗に反すると主張している事案。

二つ目は,業務委託の内容が弁護士法違反(非弁行為)に該当し,公序良俗違反ゆえ無効となり,業務委託料請求に理由が無いと争われている事案。

三つ目は,土地に隣地上建物の一部が越境していることにつき,土地所有者が,その建物一部の収去請求をしている件につき,土地所有者の(建物一部の収去を求める)利益よりも,建物所有者の不利益が圧倒的に大きいので収去請求は権利濫用であると争われている事案。

四つ目は,記念誌作製を請け負った出版社からの支払い請求に対し,発注者が,契約上の代金自体が暴利(高額に過ぎる)であり無効(公序良俗違反)と主張されている事案。

2と3につき,裁判所は公序良俗等の主張を認め,1と4は認めませんでした。もちろん事案=事実関係にもよりますが,案外こういう「大鉈」も認められるのだなと,ある意味感心しました。



裁判はバクチ

IMG_8709不動産鑑定はバクチと同じ,と裁判官が言いました。これを聞いて全ての鑑定はバクチだと気が付きました。鑑定は,一見客観的経験則に基づくものと思われていますが,それが真であれば人に鑑定を委ねる理由がありません。医療過誤訴訟でも,国賠訴訟でも,いわゆる専門的な知見が必要と思われる事件では,鑑定まで行かずとも,専門的知見が参照されますが,その知見はその専門家の意見に過ぎず(要するに様々な意見がありうるし,語り口やニュアンスも異なる),その意見がどちらの結果に導くかは「偶然の事象」であり,客観的でも科学的でも,ましてや公平でも正義でもありません。翻って裁判そのものについて同じことが言えます。一方で裁判がサイコロを振るのと同じとは言いません。それが真であれば,人に裁判を委ねる理由がありません。幅のある経験則が存在することは確かです。ただ,その幅が結果をどちらに導くかは「偶然の事象」と言えます。つまり,公平とか正義などとはおよそ無関係です。

アメリカでの裁判はゲーム化していますが,そういうことです。日本でもそうなりつつあります。あるいは,裁判は神託と同じ,とも言えます。

2025(令和7)年

IMG_8510今年は長期未済(懸案)事件がばたばたと終わりました。まだもう少しかかるものもあり,来年には終わります。仕事に対する心境の変化あり,期待せず,無理しないことを心掛けます。還暦を迎え,年金等保険料の支払いが終わり,10年は住むであろう場所への転居を果たしました。2月に香港へ,10月にインドネシアへ旅行しました。今年のマイブームは・・

Style Coucil, Fairy Tales
Della Puspita
ぼなぺtv barilla no.5
NETFLIX 韓国ドキュメンタリー
宮台真司
大池見山台
焼鳥にかわ(伊勢市)


IMG_8453読書はほとんどせず,映画も2,3本見ただけです。Netflixのドキュメンタリーは韓国以外もいくつか見ました。youtube番組作りにも挑戦しましたが,片手間では結構面倒ということが分かりました。伊勢の”にかわ”には1月と12月に2回行きました。確かに,焼鳥への見方が変わります。ドーベルマンを飼いたいと思っています,ご縁があれば・・

児童虐待,障害者軽視,死刑制度

IMG_7718ガブリエル事件は,2013年,8歳の男子が母親とその交際相手(男性)から相当期間酷い虐待を受けた果てに殺された事件で,ロサンゼルス郡裁判所において,男性は死刑,母親は終身刑の宣告を受けました。刑事裁判では,郡のDCFS(子ども家庭サービス局)職員4名も起訴されましたが,1審裁判官が起訴を認めたのに対し,控訴審はこれを却下,結果職員らは起訴を免れました。事前に学校や福祉事務所から何度もDCFSに通報があり,保安官も何度も家庭訪問を行っていましたが,虐待の疑いが顕著であったにも関わらず,行政は全く機能しませんでした。検察による調査でこのことが明らかになり,マスコミはこの話題を大々的に取り上げ,市民は怒り心頭で被告人のみならず,行政に対しても様々な抗議がなされましたが,結局裁判所が行政を守った形になりました。

私は,精神障害者に関する国賠訴訟を2件起こしたことがあり,いずれも敗訴しました。子どもの頃に実父から性的虐待を受けていた女性が,成人して抑うつと不安症を患い,自殺企図した際に県の精神科病院にて保護室収容措置を受けましたが,その後2時間以内に同室内で縊死した事案について,病院の過失責任を追及した事件,もうひとつはコンビニで不穏になった統合失調症患者を保護した警察が,病院に搬送中,車中で暴れた患者をうつ伏せにして制圧し,窒息死させた事案について,警察官の過失責任を追及した事件でした。裁判所=国の精神障害者に対する偏見と共に,公立病院や警察に対する顕著な偏向が見て取れました。今でも思い出すたびに怒りがこみ上げます。裁判所は,いずれの事件においても真摯に審理,検討する姿勢が見られず,最初から予断を持っていました。

ガブリエル事件におけるDCFS職員の職務怠慢は目に余るものがあり,検察が起訴したのには相当な理由がありましたが,行政側は,職務の効率や多忙を理由に弁解し,裁判所が結論として彼らを免責したのは,行政の現実に異を唱えることへの躊躇が見え隠れします。カリフォルニア州は,2019年に一時停止措置がとられましたが死刑存置州で,700名以上の死刑囚がいます。命を軽んじる者は,自らの命も軽く見ます。死刑存置州は,市民の命自体を軽く見ていると考えて違いありません。

それでもアメリカは,情報公開が進んだ国で,死刑宣告するには陪審員全員一致が必要で,「超」適正手続きが求められます。一方日本は,一般の刑事手続きと何ら異なることなく死刑宣告がなされ,かつ情報公開どころか法務省は頑なに死刑制度の実態を隠匿しています。絞首刑自体が時代遅れ甚だしいのはさておき,頭部離断の可能性があります(頭部離断すればそれは斬首刑であり,明らかに憲法が絶対禁止する残虐刑に該当します)が,実際の執行現場がどうなっているのか,情報は皆無です。この国の生命軽視は,命に対する想像力が欠如しているからで,その理由は「精神的鎖国状態」にあります。ジャパンファーストとか寝ぼけたことを言っている極右は,欧米ポピュリズムのパクリに過ぎず,それを支持するのがバブル崩壊後の無能無策保守政党の被害者である氷河期世代(70年代,80年代生まれ)と言われていますから,これをアイロニーと言わすして何と言いましょうか。



(写真はワルナスビです。一見可憐に見えますが,よく見れば棘があり,毒もあります。そして除去するのが大変困難で,一掃しても毎年必ず繁殖します)

フリン先生のこと/その2

IMG_7801フリン先生が書かれた英語教材,プログレス・イン・イングリッシュは,中1用から高2用まであります。ネイティブの発音も同時に学ぶコンセプトで,各教材には主に先生自身が吹き込まれたテープが付いていて,毎日テープを聞くように指導されました。フリン先生はニューヨーク出身です。教材の内容は,米英の自然,文化,歴史や文学などが題材とされていました。さほど成績が良かったわけではありませんが,英語の授業は楽しかったです。

フリン先生がこれほど卒業生に慕われる理由は,生徒一人一人にとって「自分が特別な存在である」ことを素直に感じさせてくれる先生だったからです。誕生日には,毎年そっと傍に寄って来られ,「Happy Birthday」と耳元で囁いてくれます。公教要理で,私が初めてミサに与ったとき(入学式)のことを話したときのことです,私は,聖体拝領を見て,「2000年前に亡くなったイエスの体がどうして現代まで残っているのか」不思議に思った,という話をしました。先生は,それが秘跡=奇跡なんだ,と言われました。そう言われたときの衝撃は今も忘れません。先生は自身が「異言」(聖霊の働きによって学んだことの無い言語を話すこと)を話されたか,聞かれた話をされたことがあります。映画エクスソシストは1973年上映でしたが,本当にイエズス会士が出演しており,制作にも関与しています。その話をされたとき,過度に恐れることはないが「悪魔と遊んではいけない」と言われました。タロットやこっくりさんなどはやるなと真顔で言われました。セックスの仕方を具体的に教わったのも先生からです。中2のときだったか,公教要理の一環という体裁だったと思いますが,生徒全員一人残らずきちんと話をするというスタンスで,少人数グループごとに集められ,短時間でしたが,顔を赤くして話されました。

父が,どこで知り合ったか(キリスト教)メノナイト派(アメリカ中西部)の教会牧師と古くから付き合いがあり,私が中学1年の頃から毎週土曜日の夕方に牧師さんが自宅に来られ,英語と聖書の勉強会をやっていました。この集いは4,5年くらい続いたと思います。私が中3のクリスマスに洗礼を受けたのは自然な流れでしたが,この牧師さんからは反対されました。私にとっての影響の大きさはフリン先生が圧倒していました。

先生の還暦は1980年(3月),41期は中2から中3にあがるときでしたが,「母の会」がお祝いをしたと思います。私も間もなく同じ年齢に達します。先生は41期が高3にあがるときに六甲から,福岡の泰星学園に転任されましたが,大学2年の夏休み,友人GDと一緒に福岡に会いに行ったことがあります。先生はお忙しい中,丁寧にお付き合いしてくださいました。一緒に太宰府に観光に行き,夕食はごちそうさせて頂こうと思い,何が良いか尋ねたところ「マクドナルド」と言われたのは面食らいました。チーズバーガーとマックシェイクを注文されました。学生なので気遣ってもらったのか,本当にマックが食べたかったのか,たぶん両方だったと思います。その後先生は,津和野教会の主任司祭になられ,私は大学卒業後,司法浪人中で,毎年のように先生を訪ねました。食事は近所の食堂でうどんか丼物,教会の空き部屋に泊めていただき,朝はミサの侍者を務め,昼前には帰路に就く,そんな感じでした。この頃,Pマッカートニーのflowers in the dirt(1989)を大変気に入り,先生にも聞いてもらいたいと思い,テープに録音したのをお渡ししたことがありますが,先生は音楽には関心が無かったです。

津和野の後は山口教会に移られました。私は2回ほど訪問しましたが,この頃すでに認知症を発症しておられました。最後にお会いしたのは2003年頃か,長男が4歳の頃,一緒に会いに行ったのですが,食事をして教会に戻る帰途,長男が転倒しそうになったのを先生は咄嗟に庇われました。とても認知症とは思えない所作でした。

カテゴリ別アーカイブ
月別アーカイブ
  • ライブドアブログ